「家で炒め物を作ると、どうしてもお肉がパサパサして硬くなる……」そんな経験はありませんか?
実はその原因は火力ではなく、加熱によって肉の水分が逃げる“脱水”にあります。
この問題を解決するのが、中国料理では「上漿(シャンジャン)」、日本の中華厨房では「漿(チャン)」と呼ばれる伝統技法です。
もともとは、硬い肉をいかに柔らかく、美味しく食べるかという知恵から生まれた技法だといわれています。
僕は厨房で、手頃な肉が見違えるほどジューシーに、エビが驚くほどプリプリに仕上がる瞬間を何度も見てきました。
新入社員として働き始めた頃、先輩に言われて漿(チャン)の有無を食べ比べたことがあります。柔らかさとジューシーさの違いに驚いた記憶は、今でも鮮明です。
本記事では、肉には全卵、魚介には卵白を使い分ける理由から、失敗しない具体的な手順、大量調理の現場での応用までを解説します。
この記事を読み終える頃には、「いつものお肉」を「お店の味」へと変える魔法を手に入れているはずです。
漿(チャン)とは?中国料理の「上漿(シャンジャン)」のこと

「漿(チャン)」とは、肉や魚介の表面を卵やでんぷん、油でコーティングし、加熱の衝撃をやわらげる下ごしらえの技法です。中国料理では「上漿(シャンジャン)」と呼ばれ、日本の中華厨房では「チャン」「チャンする」と呼んでいます。

漿(チャン)なんて、初めて聞いたよ

知らない人も多いと思う。でも大丈夫、今からわかりやすく説明していくね
中華料理店で食べるお肉やエビは、なぜあんなに艶やかで柔らかいのでしょうか。
その秘密は「漿(チャン)」という伝統的な下ごしらえにあります。
「漿」という漢字は、もともと汁や飲み物といった液体全般を指す字です。そこから、とろりとした液体を表す言葉としても使われるようになりました。
この技法は、もともと新鮮な食材が手に入りにくい地域で「硬い肉をいかに柔らかく、美味しく食べるか」という切実な知恵から生まれたといわれています。
単なる味付けではありません。肉の繊維に水分を保ち、水分の流出を抑える方向に働きます。そのひと手間が、手頃な肉を高級店のような食感へと引き上げます。
肉や魚介の表面を卵・でんぷん・油でコーティングし、加熱の衝撃をやわらげる下ごしらえの技法。中国料理では「上漿(シャンジャン)」と呼ばれる。
【早見表】漿(チャン)の材料と手順
まず、漿(チャン)の材料と手順を一覧でまとめました。細かい理由は後述しますので、途中で迷ったらここに戻ってきてください。
| 塩 | 卵 | 片栗粉 | 油 | |
|---|---|---|---|---|
| 肉(300g目安) | 約1%(3g) | 全卵1個 | 約6%(大さじ2) | 大さじ1 |
| 魚介(300g目安) | 約1%(3g) | 卵白1個分 | 約3〜5%(大さじ1〜1.5) | 大さじ1 |

覚えておきたいのは、塩は約1%、片栗粉は5%前後(肉は約6%、魚介は約3〜5%)という比率です。この比率さえ押さえておけば、素材の量が変わっても迷いません。ただし店や家庭によって幅があるので、あくまで目安として捉えてください。
手順は、次の4ステップです。
①塩を揉み込む → ②卵を加える(肉は全卵、魚介は卵白) → ③片栗粉を加える → ④油を加える
加える順番を守ることが、漿(チャン)の一番のコツです。詳しいやり方は、このあとの実践パートで写真つきで解説します。
※卵白の分量は「卵白1個分」を基準にしていますが、比率でいうと素材の1割弱程度が目安です。素材の大きさに応じて調整してください。
なぜ漿(チャン)で肉は柔らかくなるのか?

漿で肉が柔らかくなる理由は、肉が本来持っている水分と旨味を、加熱から守っているからです。
肉は火を入れるとタンパク質が収縮し、水分が外へ押し出されます。これが硬くなる原因です。
漿はその収縮をやわらげ、水分の流出を抑えるための下処理です。
塩・卵・片栗粉・油、それぞれの役目

塩
最初に加えて揉み込むと、肉のタンパク質の一部が表面に溶け出し、粘りが生まれます。この粘りが水を抱え込み、卵や粉がなじむ土台になります。
卵(全卵または卵白)
素材をやわらかく包み込み、加熱時の急激な収縮を和らげます。肉はコクとまとまりを出すために全卵を使い、魚介は繊細な身質と色合いを活かすために卵白を使います。
片栗粉
加熱されると水を吸って固まる性質(糊化)があり、卵の層を固定して膜を作ります。この膜が、水分の流出を抑える方向に働きます。
粉の種類によって仕上がりは変わりますが、日本の家庭では片栗粉が最も手に入りやすく、少量でも扱いやすいと言えます。
油
最後に少量加えることで乾燥を防ぎ、表面をなめらかに整えます。さらに、油通しや炒めの際に素材同士がくっつくのを防ぎ、均一に火を入れる助けにもなります。

チャンって手間はかかるけど…一度は試してみる価値ありそう

ここからは、具体的な手順を見ていこう
【実践】肉の漿(チャン)のやり方
漿は難しい技法ではありません。大切なのは、順番と混ぜ方です。
材料を入れるたびに、肉の状態が変わるまでしっかり揉み込んでください。
肉の材料(目安・300gあたり)
- 塩 … 約1%(3g)
- 全卵 … 1個
- 片栗粉 … 約6%(大さじ2/約18g)
- 油 … 大さじ1
※魚介の場合は、全卵の代わりに卵白1個分を使います。
※分量はあくまで目安です。肉の水分量や鮮度、カットの大きさによって吸い方は変わります。状態を見ながら、粘りやまとまりを確認して調整してください。
※塩・卵・片栗粉・油の4つが基本ですが、店やレシピによっては酒や胡椒を加えることもあります。

今回は、スーパーで買ってきた豚肉の切り落としを使って解説するよ
漿を施す前に、肉を絲(細切り)や片(薄切り)に切り揃えることが大前提です。切り方の名前と意味が気になった方はこちらも参考にしてみてください。
▶中華料理の切り方一覧|7種類の名前と火入れの関係を元中華料理人が解説
①下味を入れる(塩)
まずは肉に塩を加え、よく揉み込みます。ここでしっかり粘りが出るまで混ぜるのがポイントです。

②卵を加える
肉には全卵を使います。卵を加えたら、全体に均一に行き渡るまで混ぜます。最初はシャバシャバしていますが、揉んでいるうちに肉が卵液をグングン吸い込みます。ポイントは、卵液を肉にしっかり吸わせきることです。表面に卵液が残っていると、次の片栗粉がうまくなじみません。

③片栗粉を加える
片栗粉を数回に分けて加え、粉っぽさがなくなるまで混ぜます。べたっと重くならず、薄くまとわりつく状態が理想です。

④最後に油を加える
最後に油大さじ1程度を加えて軽く混ぜます。肉の表面にツヤが出て、一切れずつが離れやすくなれば完了です。

⑤少し休ませる
5〜10分ほど置くと、漿が肉になじんで膜が安定します。
急ぐときはすぐ加熱しても作れますが、粉が剥がれやすくなるので、できれば少し置いてみてください。
現場では朝一で仕込んで、使うのは昼過ぎということもよくありました。時間に余裕があるときは、少し長めに置いてみるのもおすすめです。
チャンで下味をつけた肉は、油通しをしてから炒めると、さらにジューシーに仕上がります。油通しの狙いと家庭での段取りは、こちらで解説しています。
「漿(チャン)」を施したお肉が準備できたら、いよいよ火を入れる番です。この下処理した肉を使って、黄金比1:1:1:1:1のオイスターソース炒めを作ってみてください!
▶【現役調理師が公開】オイスターソース炒めの黄金比と、二度と味が迷わなくなる中華炒めの型
同じ下処理が活きる、上海焼きそばの本格レシピはこちら。
▶上海焼きそばをホテルの味に。プロが教える「比率」と「火入れ」の絶対法則
【実践】魚介の漿(チャン)のやり方
エビやホタテ、イカなどの魚介類に漿(チャン)を施す目的は、肉とは少し異なります。
硬い繊維を柔らかくするのではなく、プリッとした弾力を引き出し、表面をつるりとなめらかな口当たりに整えることにあります。
魚介は火を通しすぎると、すぐに水分が抜けて縮んでしまいます。しかし漿を施すと、加熱による急激な収縮がやわらぎます。水分の流出も抑えられ、しっとりとした食感に仕上がります。

魚介は肉と違って繊細だから、混ぜすぎないようにしよう
魚介の材料(目安・300gあたり)
- 塩 … 約1%(3g)
- 卵白 … 1個分
- 片栗粉 … 約3〜5%(大さじ1〜1.5/約10〜14g)
- 油 … 大さじ1
※分量はあくまで目安です。魚介の水分量や大きさによって状態は変わります。手触りとまとまりを見ながら調整してください。

今回は、スーパーで買ってきたむきエビを使って解説するよ。エビチリの下処理にもおすすめ
エビの場合は、まず塩と片栗粉でもみ洗いをして、表面のぬめりや汚れをしっかり落としておきましょう。
①水気をしっかり切る
キッチンペーパーで表面の水分をしっかり拭き取ります。ここが甘いと、コーティングが安定しません。

②塩をなじませる
塩を加え、軽く混ぜます。肉ほど強く練る必要はありません。身が崩れない程度に、表面がしっとりするまでで十分です。

③卵白を加える
卵白を加え、全体に薄くまとわせます。泡立てる必要はありません。卵白は色を濁らせず、繊細な身質をやさしく包み込みます。

④片栗粉を加える
少量ずつ加え、薄く均一にコーティングします。厚くつけると重たくなり、魚介の軽さが失われます。

⑤油を加える
最後に油を絡めて仕上げます。乾燥防止と、加熱時の分離を助ける役割です。

この下処理を使ったエビチリの作り方はこちらの記事で解説しています。
【本格エビチリ】下処理が決め手!お店の味を再現するプロ直伝の作り方
肉と魚介でなぜ卵を使い分けるのか?

漿(チャン)では、肉には全卵を、魚介には卵白を使うのが基本です。これは見た目の問題だけでなく、食材の性質に合わせた理にかなった使い分けです。
牛肉や豚肉は、素材自体の味が強く、脂の旨味もしっかりしています。
- コクを補う
卵黄に含まれる脂質が、肉の力強い風味に負けないまろやかさとコクを加えます。 - ふっくらさせる
全卵を使うことで、加熱後もパサつきにくく、ふっくらとした印象に仕上がります。 - 色の相性
醤油やオイスターソースで仕上げる茶褐色の料理が多いため、黄身の色が混ざっても問題はありません。むしろ、深みのある艶に仕上がります。
繊細な魚介に求められるのは、素材本来の白さと澄んだ味わいです。
- 美しさを守る
エビのピンクやホタテの白さを活かすため、色のつく黄身は使いません。卵白だけで仕上げることで、透明感のある光沢が生まれます。 - きめ細かな食感
卵白は加熱するときめ細かく固まる性質があります。これが表面を薄く覆い、なめらかな口当たりを作ります。 - 味を邪魔しない
淡白な魚介の風味を損なわず、後味を軽く仕上げます。
漿(チャン)は使う卵によって「卵白漿」「全蛋漿」のように呼び分けられます。
「肉には全卵、魚介には卵白」という使い分けは、僕が現場で教わった型です。
店や地域によって別の組み合わせもあるので、絶対のルールというより、目的に合わせた型のひとつとして捉えてもらえればと思います。

余った全卵や卵白は、卵スープにしたり、仕上げに炒め合わせて具材にしてもいいね。食材を無駄にしない姿勢も、料理の大切な技術のひとつだよ
現場での漿(大量調理のリアル)

新入社員時代の僕の朝は、山のようなエビや肉に漿(チャン)をすることから始まりました。
家庭の数百グラムとは違い、現場では何十キロ単位。ボウルの中の食材は氷のように冷たく、冬の厨房は足元から容赦なく冷え込みます。
指先の感覚がなくなるほど冷えた手で、ひたすら揉み続けました。
漿の仕上がりには、はっきりとした基準があります。
肉が水分を完全に吸い込み、ボウルを傾けても一滴も液体が落ちてこない。
持ち上げたときに、「ズシッ」と手に吸い付くような重みを感じる。
そこまでいって、ようやく合格です。
量が多いからといって加減はできません。体全体の重さをのせて、均一になるまで揉み込みます。
仕込みの段階で、すでに料理の出来は決まっています。
よくある失敗と、その直し方

漿(チャン)は繊細な技術です。「入れすぎ」「混ぜすぎ」のほか、「薄すぎ」「動かしすぎ」も失敗の原因になります。
混ぜすぎ・入れすぎてベタベタになる
卵と片栗粉、油をぐるぐる混ぜすぎると、小さな団子状のかたまりができます。漿液そのものが多すぎても、口当たりがモソモソ・ねっとりします。
なぜ起こるか
混ぜすぎることで粉が練られ、粘りが出すぎてしまうため。素材の量に対して漿液が多すぎると、素材の食感よりも膜の存在が前に出てしまうため。
対策
塩を入れた段階は、粘りが出るまでしっかり揉み込みます。
ただし卵・片栗粉・油を加えてからは、さっくり5〜6回で十分です。「混ぜる」のではなく「コーティングする」意識で止めるのがコツです。
漿液は素材を軽くコーティングする程度で足ります。余った液を無理に全部使わない勇気も大切です。
粉が多すぎて衣のようになる
片栗粉を入れすぎると、天ぷらのような厚い衣になり、食感が重くなります。
なぜ起こるか
素材よりも衣の存在感が勝ってしまうため。
対策
粉は「うっすら膜を張る」程度で十分です。素材を厚く包み込むのではなく、表面を薄く覆うイメージで加えましょう。
塩・調味料を入れすぎてしょっぱくなる
漿の段階で味を決めすぎると、本調理でさらに味が重なります。
なぜ起こるか
下味+仕上げ味が重複してしまうため。
対策
漿はあくまで薄味。塩は控えめにして、最終調味で整えます。
油を入れ忘れて、くっつく・固まる
卵と片栗粉だけだと、加熱時に素材同士がくっつきやすくなります。
なぜ起こるか
でんぷんの粘着力が強く出るため。
対策
最後に少量の油をなじませる。これだけで加熱時にパラッと仕上がります。
炒めた瞬間に粉が剥がれる
油に入れた直後、表面の粉や卵液がはがれ落ち、鍋の中で粉っぽく散ってしまいます。
なぜ起こるか
漿の膜が薄すぎる、または均一についていない状態で加熱すると、膜が素材の表面にしっかり定着しないため。
漿をつけてすぐ加熱した場合や、焼き色がつく前に動かしすぎた場合も原因になります。
対策
漿をつけたら、表面全体に均一にコーティングされているか確認してから加熱します。鍋に入れた直後はすぐに触らず、表面が軽く固まるまで少し待ってから動かすのがコツです。

混ぜすぎない。入れすぎない。味つけすぎない。そして動かしすぎない。迷ったら“少なめ”で止めてみよう
漿(チャン)を使った鶏肉の仕込みは、油淋鶏でも応用できます。タレの黄金比と二度揚げの理屈はこちらで解説しています。
油淋鶏のタレはこの黄金比で決まる|ホテル厨房で使い続けた本格ネギだれ
まとめ
中華の伝統技法「漿(チャン)」は、単なる下味ではありません。料理の完成度を、静かに底上げする仕込みの技術です。
肉には全卵でコクとボリュームを。
魚介には卵白で透明感とシルキーな食感を。
順番(塩→卵→粉→油)を守り、しっかり揉み込む。
それだけで、いつものスーパーの食材が、艶やかでジューシーな「お店の味」に生まれ変わります。
今日から、炒め物を作る前にほんの少しだけ時間をとって、お肉やエビをやさしく、そして丁寧に「チャン」してみてください。
そのひと手間が、食卓を“家庭のごはん”から“プロの一皿”へと引き上げてくれます。
漿(チャン)の技法は、酢豚の下味にも応用できます。衣をつける前の下処理との組み合わせで、仕上がりがさらに変わります。
漿(チャン)のような専門用語の意味や読み方は、現場の経験だけでなく専門書でも確認しながら記事を書いています。
中華料理の本、どれがおすすめ?現役調理師が今も手放せない2冊
■ 本格中華を極める3つのロードマップ
ここまで読んでいただきありがとうございます!
あなたの「もっと上達したい」に合わせて、3つの道を用意しました。
①【🎓理論】失敗しない理屈を学びたい
②【😋実践】プロの味を今すぐ再現したい
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