「絲(スー)で切っといて」
厨房でそう言われたら、全員が迷わず動き出す。太さも長さも、誰に確認するまでもなく揃ってくる。中華の現場では、切り方の名前がそのまま指示になるんです。
でも家庭でレシピを読むとき、「絲」「丁」「塊」という文字を見て、なんとなくのイメージで切っていませんか。それ、もったいないんですよ。切り方を揃えることで、食材に均一に火が通る。名前はそのための基準なんです。
僕はホテル中華の現場を経て、今も現役の調理師として厨房に立っています。専門学校の実技試験では、絲の太さだけでなく手際と包丁の動かし方まで採点されました。それほど中華において、切り方は料理の根幹なんです。
この記事では、家庭でよく使う切り方7種類の名前と意味を、火の通りや食感との関係まで含めてプロの視点で解説します。読み終わる頃には、レシピに出てくる漢字が「設計図」として読めるようになっているはずです。
切り方を知ることは、料理の理屈を知ること。そこから、中華の腕前は変わっていきます。
中華の厨房では、切り方の名前で話が通じる

古代中国の思想書『論語』に、こんな一節があります。
「割不正、不食」
切り方が正しくなければ、食べない。孔子の言葉です。2500年前から、中華では切り方の正しさが食の前提だったんです。
割不正、不食
「切り方が正しくなければ、食べない」― 論語・郷党篇
「スーで切っといて」で全員が動く理由
僕がホテル中華の厨房にいた頃、仕込みの指示はこんな感じでした。
「スーで切っといて」 「ディンで揃えておいて」 「クァイでいい」
日本語は一切混ざらない。切り方の名前だけで、全員が動き出す。
なお、読み方は現場によって異なることがあります。この記事ではWeb上での表記と統一して北京語読みで表記しています。
中華の切り方には、それぞれ名前がある。そしてその名前が、厨房の共通言語になっているんです。
名前が共通言語として機能するのには理由があります。名前が同じなら、形が揃う。形が揃えば、火の入り方も揃う。厨房での指示は、その一連の流れを一言で完結させているんです。

『スーで切っといて』の一言で、太さも長さも全員が揃えてくる。名前が共通言語になってるから成立するんだよ
なお、この記事では読み方を北京語表記で統一しています。僕がいたのは広東語の現場だったので、実際には「シー」「ティン」「ピン」と呼んでいました。現場や地域によって読み方が変わることも、頭の片隅に置いておいてください。
中華料理の料理名にも、切り方は組み込まれています。
- 青椒肉絲(チンジャオロース)― ピーマンと豚肉の細切り炒め
- 宮保鶏丁(ゴンバオジーディン)― 鶏肉のさいの目切り炒め
- 肉末茄子(ロウモーチエズ)― ひき肉とナスの炒め煮
料理名を見るだけで、食材の切り方が分かる。これが中華の合理性です。
| 料理名 | 切り方 | 意味 |
|---|---|---|
| 青椒肉絲 | 絲(スー) | 細切り |
| 宮保鶏丁 | 丁(ディン) | さいの目切り |
| 肉末茄子 | 末(モー) | みじん切り |
料理名に切り方が組み込まれているということは、切り方を知るだけでレシピが読みやすくなるということです。中華の「調理の型」を理解しておくと、さらに使いこなせるようになります。
【プロが断言】自分で作った料理が美味しくない理由。レシピを捨て「比率」で考える本格中華上達法
名前が揃うと、火の入り方も揃う
切り方の名前が大事な理由は、コミュニケーションだけではありません。
切り方を揃えることで、食材に均一に火が通る。これが、中華で切り方の名前が厳密に使われる本当の理由です。
たとえば、同じ豚肉を炒めるとします。絲(細切り)なら、強火で30秒ほどで火が通る。でも塊(ぶつ切り)が混ざっていたら、絲は焦げても塊はまだ生のまま。形がバラバラだと、火の入り方もバラバラになるんです。
だから厨房では、切り方の名前で指示を統一する。全員が同じ形に切ることで、鍋の中の火の入り方が揃う。それが、料理の仕上がりを安定させる基本なんです。

切り方の名前って、見た目を揃えるためだけじゃなかったんだね。火の通り方まで関係してるなんて知らなかった
中華の切り方7種類を一覧で見る

まず、この記事で紹介する7種類を一覧で確認しておきましょう。
| 漢字 | 読み(北京語) | 日本語での切り方 |
|---|---|---|
| 絲 | スー | 細切り |
| 条 | ティアオ | 拍子木切り |
| 片 | ピェン | 薄切り |
| 丁 | ディン | さいの目切り |
| 塊 | クァイ | ぶつ切り・乱切り |
| 末 | モー | みじん切り |
| 泥 | ニー | ペースト状 |
それぞれの切り方を、順番に見ていきましょう。
絲(スー)― 細切り
絲は、糸のように細く切ることを指します。青椒肉絲(チンジャオロース)の「絲」がまさにこれです。
細さの目安は、だいたい2〜3mm。ただし、専門学校の実技試験では「何mmにしなさい」という基準はありませんでした。それよりも、太さが揃っているかどうか、そして手際と包丁の動かし方が採点の対象でした。
絲を切るときは、2段階の工程があります。
- STEP1薄切り(片)にする
包丁を寝かせて食材を薄くスライスしていく。このとき、左手の中指を包丁の面に当て、厚さのガイドにする。中指の位置を一定に保つことで、スライスの厚さが自然と揃っていく。

食材によって刃の入れ方が変わる。
- きゅうり・生姜など固い食材:
包丁を寝かせて横からスライス - 肉など柔らかい食材:
包丁を寝かせて下から刃を入れてスライス

- きゅうり・生姜など固い食材:
- STEP2重ねたまま細切りにする
重なったスライスをそのまま端から細切りにする。これで均一な絲の完成。


左手の中指を包丁の面に当てて、厚さのガイドにするんだよ。道具を使わなくても、手そのものが定規になる。これが中華包丁の使い方の基本のひとつだよ
代表料理:
青椒肉絲、涼拌絲(リャンバンスー)中華料理の定番の冷菜
条(ティアオ)― 拍子木切り

条は、拍子木のような棒状に切ることを指します。長さ5〜6cm、厚さ6〜8mm程度が目安です。
ただし正直に言うと、現場ではあまり「条」という名前は使いませんでした。絲より太めに切るときは、感覚で使い分けていた、というのが実態です。
教科書上の名称として知っておく価値はありますが、家庭では「絲より太め」という認識で十分です。

条って名前は学校で習ったけど、現場ではあんまり出てこなかったかな。絲より太く切るときは、条の太さを意識しながらも、名前よりも形で判断してたよ
代表料理:
油条(ヨウティヤオ)中国の朝食に欠かせない、非常に有名な揚げパン
片(ピェン)― 薄切り

片は、食材を薄くそぎ切りにすることを指します。実は絲を切るときの第一工程でもあります。
片がきれいに切れると、絲も自然に揃う。片は単独の切り方であると同時に、絲への橋渡しでもあるんです。
片の特徴は、繊維に沿って切ること。繊維を断ち切らずに薄くそぐことで、食感が残ります。たけのこや白菜の芯、鶏のむね肉などに多く使われる切り方です。

片は絲の第一工程でもある。片がきれいに切れると、絲も自然に揃うんだよ。薄切りを丁寧にできる人は、他の切り方も安定してくる
代表料理:
回鍋肉(ホイコーロー=回鍋肉片)
丁(ディン)― さいの目切り

丁は、さいの目状に切ることを指します。標準サイズは1〜2cm角。5mm角程度に細かく切る場合は「小丁(シャオティン)」と呼びます。
宮保鶏丁(ゴンバオジーディン)の「丁」がこれです。料理名を見るだけで、鶏肉をさいの目に切ると分かる。これが中華の料理名の面白さです。
丁に切るときは、まず条(拍子木切り)にしてから、端から同じ幅で切っていくのが基本の手順です。

宮保鶏丁って名前に切り方が入ってたんだ。知ってたら、レシピ見なくても鶏肉の切り方が分かるね
代表料理:
宮保鶏丁(ゴンバオジーディン)四川料理を代表する、世界中で大人気の鶏肉炒め
塊(クァイ)― ぶつ切り・乱切り

塊は、食材を大きめにカットすることを指します。ぶつ切りも乱切りも、現場では同じ「塊」として扱っていました。
日本語のぶつ切りは形がバラついてもOKなイメージですが、中華の塊は大きさをある程度揃えるのが基本です。大きさが揃わないと、火の入り方がバラバラになってしまいます。
ひと口サイズを目安に、大きすぎず小さすぎず揃えることを意識してみてください。

塊は形よりも大きさの目安を揃えることが大事。ぶつ切りでも乱切りでも、ひと口サイズに揃えれば火の入り方が安定するよ
代表料理:
東坡肉(トンポーロウ) 豚バラ肉を大きな塊のまま煮込んだ料理。浙江省杭州の名物として世界的に知られています。
末(モー)― みじん切り

末は、食材を細かくみじん切りにすることを指します。にんにく・生姜・長ねぎなど、香りを出す食材に多く使われます。
僕の現場では、にんにくも生姜も末で使っていました。粒の大きさが揃うほど、香りの立ち方も均一になる。これが末を丁寧に切る理由です。
末を切るときは、まず薄切り(片)にして細切り(絲)にしてから、向きを変えて細かく刻んでいくと均一に仕上がります。

末は香りを出す食材に使うことが多い。粒が揃うほど、炒めたときの香りの広がり方が変わってくるよ
代表料理:
肉末粉絲(ロウモーフェンスー)麻婆春雨
泥(ニー)― ペースト状

泥は、食材をすりつぶしてペースト状にすることを指します。末との違いは道具ではなく状態です。粒が残っているのが末、粒がなくなったのが泥。そのラインで判断します。
正直なところ、僕の現場では泥を使う場面はあまりありませんでした。にんにくも生姜も末で使うことがほとんど。泥が登場するのは、蒜泥(スァンニー:にんにくペースト)のような冷菜のソースや、点心のあんなど、特定の用途に限られます。

泥は末をさらに進めた状態。包丁の面で押しつぶすようにすると泥に近づいていくよ。ただ、炒め物の現場ではほぼ使わなかったかな
代表料理:
蒜泥白肉(スァンニーバイロウ)四川料理の代表的な冷菜
切り方が変わると、何が変わるのか
切り方の名前を覚えることは、ゴールではありません。大事なのは、なぜその切り方をするのか、という理屈を知ることです。
表面積が変わると、火の入り方が変わる

同じ豚肉を炒めるとします。絲(細切り)と塊(ぶつ切り)では、火の入り方がまったく違います。
| 切り方 | 表面積 | 火が通る目安 |
|---|---|---|
| 絲(細切り) | 大きい | 強火で30秒前後 |
| 片(薄切り) | やや大きい | 強火で1分前後 |
| 丁(さいの目) | 中程度 | 強火で1〜2分 |
| 塊(ぶつ切り) | 小さい | 強火で数分以上 |
細く切るほど表面積が増え、火が早く通る。大きく切るほど表面積が減り、火が通るまでに時間がかかる。これは調理の基本原理です。
切り方を決めることは、火入れの時間を決めることでもある。だから中華の厨房では、切り方の名前で指示が統一されているんです。

切り方を決めることは、火入れの時間を決めることでもあるんだ。絲で切るって決めた瞬間に、強火で30秒という火入れも決まってくる
切り方で火の通り時間が決まると、肉の下処理との相性も見えてきます。絲に切った肉に「漿(チャン)」を施しておくことで、強火の短時間加熱でもパサつかない仕上がりになります。
【肉の下味】中華の技「漿(チャン)」とは?肉を柔らかくするプロの基本
繊維の壊れ方が、食感を決める

食材には繊維があります。その繊維をどう扱うかで、仕上がりの食感が変わります。
| 切り方 | 繊維の扱い | 仕上がりの食感 |
|---|---|---|
| 絲・条・片 | 繊維に沿って切る | シャキシャキ感が残る |
| 丁・塊 | 繊維の方向は問わない | 火の入り方で食感が決まる |
| 末 | 繊維を細かく断ち切る | 香りと旨味が一気に出る |
| 泥 | 繊維が完全に壊れる | なめらかなペースト状になる |
たとえば青椒肉絲のピーマンを縦に細切りにするのは、繊維に沿って切ることでシャキシャキ感を残すためです。横に切ってしまうと繊維が断ち切られ、炒めたときにくたっとした食感になってしまいます。
一方、末(みじん切り)は繊維を細かく断ち切ることで、にんにくや生姜の香りと旨味を一気に引き出します。香りを出したいから末にする。食感を残したいから絲にする。切り方は、仕上がりの食感と香りを設計する手段なんです。

同じ切り方でも、繊維の方向を意識するだけで食感が変わるんだね。青椒肉絲のピーマンを縦に切る理由、やっと分かった気がする
切り方が揃うと、次に大事なのは「炒める前の準備」です。繊維への意識が習慣になったら、炒め物全体の組み立て方も見直してみてください。
レシピ不要の味付け術。オイスター炒めの黄金比と、塩炒めを支える「ひん湯」の理論
形が揃わないと、何が起きるのか
絲を切るとき、細いものと太いものが混在していたとします。鍋に入れて強火で炒めると、細い絲は30秒で火が通る。でも太い絲はまだ生のまま。細い絲に合わせて火を止めれば太いものが生焼けに、太い絲に合わせれば細いものが焦げてしまいます。
形がバラバラだと、生焼けと焦げが同時に起きる。これが、切り方を揃えることの本当の理由です。
専門学校の実技試験で、絲の太さだけでなく手際と包丁の動かし方まで採点されたのも、この理屈があるからです。揃えることは、見た目の話ではなく、火の入り方を均一にするための技術なんです。

揃えることは、見た目じゃなくて火の入り方を均一にするためなんだよ。形がバラついた瞬間に、鍋の中で生焼けと焦げが同時に起きる。それを防ぐのが、切り方の名前を揃える理由だよ
切り方を揃えるための道具の話
切り方の名前を知り、理屈を理解した。次は、それを実現する道具の話です。
どんなに切り方を理解していても、道具が合っていなければ揃えることはできません。専門学校の実技試験で絲の手際と包丁の動かし方まで採点されたのは、道具の使い方そのものが切り方の精度を左右するからです。
中華の切り方を家庭で再現するなら、まず中華包丁とまな板の選び方を押さえておくことをおすすめします。

道具が合えば、切り方は自然と決まってくる。まずは自分に合った包丁を見つけることだよ。それだけで、絲の揃い方が変わってくる
【2026年】中華包丁おすすめ3選!家庭用からプロ仕様まで失敗しない選び方
中華包丁が「吸い付く」快感|プロが教える失敗しないまな板の選び方
まとめ|切り方を知ると、レシピが「設計図」に変わる

今回紹介した7種類の切り方を、最後にもう一度整理しておきましょう。
| 漢字 | 読み | 日本語 | 覚えるポイント |
|---|---|---|---|
| 絲 | スー | 細切り | 薄切り→重ねる→細切りの3工程 |
| 条 | ティアオ | 拍子木切り | 教科書上の名称。現場ではあまり使わない |
| 片 | ピェン | 薄切り | 絲の第一工程でもある |
| 丁 | ディン | さいの目切り | 料理名に組み込まれていることが多い |
| 塊 | クァイ | ぶつ切り・乱切り | 大きさを揃えることが肝心 |
| 末 | モー | みじん切り | 粒が揃うほど香りの立ち方が均一になる |
| 泥 | ニー | ペースト状 | 粒がなくなった状態。末の先にある |
レシピに「絲」と書いてあったとき、以前は「細切りにすればいいか」で終わっていたかもしれません。でも今は違います。絲と書いてある時点で、繊維に沿って切ること、強火で30秒前後で火が通ること、形を揃えないと生焼けと焦げが同時に起きること、これが全部見えてくるはずです。
切り方の名前を知ることは、料理の理屈を知ることです。そしてその理屈が分かると、レシピが「読むもの」から「設計図」に変わります。

切り方を知ることは、料理の理屈を知ること。そこからプロの感覚が少しずつ身についていくよ。まずは絲と丁と塊の3つだけでも、意識して揃えてみてね
■ 本格中華を極める3つのロードマップ
ここまで読んでいただきありがとうございます!
あなたの「もっと上達したい」に合わせて、3つの道を用意しました。
①【🎓理論】失敗しない理屈を学びたい
②【😋実践】プロの味を今すぐ再現したい
③【🔪道具】形から入って、料理の質を底上げする






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